【小説】猛犬

 

彼女は土曜日、喫茶店に行く。

愛犬の散歩コースで見つけたチェーン店だった。そこでウインナーコーヒーのレギュラーサイズ(ICE)を頼む。

氷の上にのったホイップを混ぜたりは決してしない。まずはひとくち、スプーンで掬う。それからストローでコーヒーをきゅっと啜る。そうすると甘味が消え失せて香りだけが残り、日差しの匂いが染み込んだ教室のレースのカーテンに包まれるように気分がくつろぐのだ。

ホイップをあらかた片付けた頃で、彼がやってくる。

上下黒のジャージ。コールスローのサンドイッチと、ラージサイズのコーヒー(ICE)をかならず持ち帰りにする。そして店から出る時、決まって彼女の犬の頭をひとつ撫でていく。犬は撫でる手の動きにあわせて、嬉しげに鼻先を持ち上げた。

彼女はその姿を店の奥から見つめていた。

土曜日に喫茶店に行くことでなく、ウインナーコーヒーを頼むことでもなく、その彼を見つめることが彼女の日課だった。

 

 

翌年、彼女の父親が亡くなった。

彼女は飼い犬を一匹ふやした。

不運というのは続くもので、その年の暮れには母親が亡くなった。

彼女はさらにもう一匹、犬をふやした。

余談だが、その犬は猛犬だった。いつ見ても滝のようによだれを垂らしていた。

彼女の生活に特に変わったところはなかった。散歩の回数とドッグフードの量以外は、何一つ。

 

 

ある春の土曜日、彼女は喫茶店に行った。

入り口には三匹の犬。うち一匹は猛犬である。

ウインナーコーヒーをいつもの調子で啜っていると、まもなく彼がコーヒーを買いにきた。久しぶりの来店だった。

彼女は見ていて気がついた。

持ち帰るコーヒーが、ふたつにふえていた。

彼は店を出ると、いつもの通り犬の頭をそれぞれ撫でていった。猛犬は他の二匹にならって鼻を持ち上げるも、なぜか目だけ彼女の方を見ていた。

彼女は柄の長いスプーンでもって、ホイップクリームを初めてコーヒーに沈めてみた。音を鳴らしてかき混ぜると、氷の表面に泡がつく。工場排水のようなドドメ色の泡。

だが飲んでみると、実にうまいのだ。

彼女は今後、そうやって飲もうと誓った。二匹の愛犬と一匹の猛犬に。

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