【小説】あばれゆくもの

 

 

樺の木につるして、頭に血をのぼらせる。

 

おとなしくなるまで30分。
待っている間におなかに触ってみると、そこはふんわりとしてあたたかで、息つぎにあわせてぷうっと膨らむ。同じだ、と思う。
茜色の夕日が彼と私をひとしく照らしていた。
出刃包丁を喉元にあて、位置を定めたら一気に首をおとす。
火をつけた薄い紙のように体がくねり、それから大きくあばれだす。
彼の口は地面に転がった顔の方についているから、鳴き声は起こりようがない。ただ、そこらに飛び散る羽や羽毛がそれを代弁するかのように盛大に舞った。
10分たってもう一度おなかに触れてみる。まだあたたかい。足はもう冷たい。
木から取り外し、あらかじめ用意しておいた80度のお湯につける。毛をむしる前に毛穴を開かせるためだ。
湯気に猛烈な臭いが混じってのぼる。
抜けきれない産毛はバーナーで焼き切っていく。と、さらなる激臭が鼻を駆け抜ける。
次に、尻から包丁を入れて、手で内臓を引き出す。
手のひらで感じていたあの「あたたかさの元」は濡れた宝石のようにつやつやしていて、いきなり日の光にさらされたことの照れ隠しのように光った。

 

私は彼を抱いて、家までの道を歩いた。
もうすっかり日が落ちていた。

 

歩きながら頭の中で、今日の手順をおさらいした。幼い頃から見ていたやり方の通りにできた。初めての割には上出来だろう。
ただ、母はもっと手際がよかった。夕暮れ時から始めて、晩御飯に間に合っていたのだから。
きょう私は、空中でもがき、あばれる彼に見入ってしまった。
はじめる直前まで考えていた献立のことは、すっかり忘れていた。
腕のなかに彼がいて、それはほとんどもう精肉店で見る姿なのだけれども。
一歩、二歩、三歩。長靴で砂利を踏みしめる。
腹にはきっと何かを詰めるはずだった。野菜、香辛料、バターライスでもいい。骨はダシに。トサカからもダシはとれる。足は生姜と醤油とみりんと砂糖で煮詰める。
内臓は、そうだ。串焼きにしよう。手羽先はもちろん揚げる。
その前に解体がある。

 

歩いているうちに、ふと気がついた。
全然知らない道だった。

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